2020年10月23日

チベット女戦士アデ

アデ・タポンツァン 著 
ペマ・ギャルポ 監訳
小山晶子 訳 「THE VOICE THAY REMEMBERS」
地図作成 天野直美

<内容>
1950年代初頭に始まった中国のチベット占領に抵抗したため、27年間もの投獄生活を送ることになったチベット人女性、アデ・タポンツァンの壮烈な物語。

「ダライ・ラマの序文」「まえがき/ジョイ・ブレイクスリー」「プロローグ」

第1部 悲しみの歳月 第1章 野の花の中でたわむれていた日々/第2章 ニャロンより/第3章 家族と伝統/第4章 カンゼの思い出」

第2部 侵略と投獄 第5章 中国共産党の出現/第6章 忘れられた約束/第7章 絶望的な戦い/第8章 逮捕/第9章 「お前が一生苦しむところをみるとしよう」/第10章 ゴタン・ギャルコ」

第3部 湖の睡蓮 第11章 石に水を注ぐ/第12章 再会」

第4部 静まらない声 第13章 解放化/第14章 自由/第15章 「死者と生存者のための証言」」

「エピローグ−時間の輪」「監訳者あとがき」

<感想>
「異変への最初の兆候は、1949年の終わりに起こった、中国共産党のダルツェド(現在の康定)への侵攻だった。」
第二次世界大戦後、日本の主権が回復したのは、1952年(昭和27年)4月28日。
毛沢東率いる中国共産党が、中華民国(台湾)・国民党政府軍との国内戦に勝利して、社会主義国家・中華人民共和国が誕生したのは、1949年10月1日。建国直後から他国に侵攻している。凄い国だな。

アデ・タポンツァンは、1932年、チベット・カム地方ニャロンのゴツァ村で生まれた。
1948年の晩春、16歳のとき3歳年上のサンドュ・パチュンと結婚。
1955年、長男チミ・ワンギャルを出産するも、中国政府による僧院への迫害が始まった。
1956年の早春、多くの地域で戦闘が始まり、サンドュが毒殺された。
このときアデは妊娠2カ月で、息子は1歳だった。父と長兄ジュクマに保護され、恵まれた環境で育ち、夫と家族に依存する典型的な妻だったが、悲しみが怒りに変わり、責任感へと変わって行った。
チベット人は、信頼を勝ち取るために体裁を取り繕う中国政策の不確かさと巧妙さに気づく。中国共産党の長期計画とは、チベット人が所有するもの全てを取り上げることだと悟る。中国共産党の残虐性に気づき、地域の強制的な共同体化計画に対して反抗を始める。
アデは実家に戻り、森に潜伏している男たちを援助するために、チベット人女性の地下組織を作った。
1957年の秋、抵抗運動に従事する中、長女タシ・カンドを出産する。
1958年10月16日に逮捕され、16年の労働による矯正が宣告されるも、1985年までの27年間を監獄と強制労働で過ごす。過酷な状況を生き抜き、1987年、インドに亡命した。


解放と保護と開発を名目に武器を取り上げ、次第に行動を制限して行き、天然資源と僧院の宝物を略奪。抵抗勢力の弾圧と公開処刑。拷問とレイプと恥辱。人間としての品位を貶める残虐行為。耐えきれないほどの暴力と苦しみ。監獄内のスパイ。飢えと過酷な労働。長期に亘る恐怖と苦難等々、ユダヤ人に対するナチスの蛮行を見る思いがした。
人間が人間に対して、なぜこれ程までに酷い残虐行為ができるのか、いまだに解からない。ご自身の辛い体験を生き証人として語って下さったことは計り知れない価値があると思う。
満足度 5.gif



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posted by ももた at 09:16| 東京 ☁| Comment(0) | ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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