2023年01月05日

このやさしき大地

ウィリアム・ケント・クルーガー 著
宇佐川晶子 訳 「This Tender Land」
装画 草野碧

<あらすじ>
1932年夏、アメリカの中西部ミネソタ州フリモント郡。
12歳のアルバートと8歳のオディ兄弟は、密造酒を販売していた父親が銃殺された後、ネイティヴアメリカンの子供たちが集団生活を送るリンカーン教護院に引き取られた。生まれつき耳が聞こえなかった母は、2年前に亡くなっていた。
白人はオバニオン兄弟だけという環境で4年間暮らしてきたが、オディは新入りの時から黒い魔女と仇名されるセルマ・ブリックマン院長に目を付けられ、児童虐待が常態化している生活に嫌気がさしていた。
そんなある日、反抗心の塊となっていたオディが、子供たちに良からぬことをするので悪名高い職員ディマルコを殺してしまう。
教護院にいられなくなった兄弟は、院長夫妻の金庫から金、書類、革綴じの本、紐で絡げた手紙の束、銃を持ち出し、親友で口がきけないスー族のモーズ、竜巻で母親を失い孤児になったばかりの6歳の少女エミーと共に脱走する。
4人はエミーの父のカヌーに乗って、兄弟の叔母ジュリアが住んでいるミズーリ州セントルイスを目指すが・・・

<感想>
カヌーで川を放浪する少年たちのひと夏の冒険と成長を描いた、感動的な長編小説だと思う。
少年たちの逃走劇の背景にあるのは、禁酒法と密造酒の販売、ウォール街の大暴落ブラック・フライデーと大恐慌、リンドバーグ愛児誘拐殺人事件とリンドバーグ法(複数の州に跨る誘拐犯行を連邦犯罪として取り締まる法律)、原住民族の迫害というアメリカの黒歴史、人種差別や偏見が当たり前に存在する当時の社会状況。
登場人物たちの辛い生い立ちや過去、母語を禁じられて強制労働もあるリンカーン教護院での生活、手話ができる兄弟と自分の素性が判らないモーズの絆、オディの恋とスー族の悲劇、出会いと別れなどが相まって面白く読ませる。
そして面倒な厄介ごとを起こすのは、いつもオディ。キリスト教神癒伝道団の巡回生活や大恐慌による絶望が渦巻く寄せ集めの村などで安息の場所を見つけても、黒い魔女が執拗に追って来る。気が抜けない展開になっており、終盤には想定外の新事実が明らかになる。伏線の妙味に脱帽した。
しかし宗教色が濃く、神様の奇蹟とか特殊能力は苦手だな。神を信じられなくても、責任感の強いアルバートは愛する家族や孫に恵まれて、天寿を全うして欲しかったな。
本書は『ありふれた祈り』の姉妹編とのこと。コーク・オコナー・シリーズは第7作『血の咆哮』(2007)で途絶えているが、本国では第19作『Fox Creek』(2022)が出版されたそうだ。第9作『Heaven’s Keep』(2009)で衝撃的な展開があるらしい。読みたいなぁ。
満足度 4.gif



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posted by ももた at 09:39| 東京 ☀| Comment(0) | ミステリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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