2022年04月28日

緑の天幕

リュドミラ・ウリツカヤ 著
前田和泉 訳 「IMAGO/THE BIG GREEN TENT」

<内容>
非合法出版に携わる反体制派のイリヤ、繊細な詩人の感性を持つユダヤ人のミーハ、才能ある音楽家サーニャ。この幼馴染みの男性3人を軸に同世代の女性3人、エリート共産党員の娘オーリャ、その幼馴染みで役人の妻となるガーリャとユダヤ人のタマーラを加え、1953年のスターリンの死からソ連崩壊までの激動の時代を生きた人々を描く大河小説。

<感想>
幼馴染みの少年たちの一筋縄では行かない友情と青春、文学の教師シェンゲリのエピソード、イリヤとオーリャの激しい恋、強制収容所を生き延びた人々等々、抑圧された社会に生きる名もなき人々のドラマを描き、史実や音楽や文学が相俟って、凄く読み応えのある大河小説だと思う。
ロシアの大地は地下資源が豊富で食糧自給率も100%。原油、ガス、石炭などエネルギー関連だけでなく、木材や鉱物、農作物も他国に売るほど有り余っている。日本人からすれば羨ましい国土なのに、他国へ野心を持つ独裁者ばかり誕生するのは何故なのだろう。
今現在起きているウクライナ戦争の報道を見て、非人道的なロシア軍の侵略パターンを知り、ソ連崩壊後も人権や人命を尊重しない強権的な国家主義者を支持するロシア国民って何者と思った。その答えを知りたくて一助になればと、かなり分厚い本だけど読んでみた。
そして、ロシア人として住民登録されていても、家族の家系や歴史を辿れば、戦争や流刑や強制移住のせいでその血筋は多民族的だと知った。流刑地や強制移住先で生まれ育った子供は、ロシア語しか話せないロシア人なのだ。
同じ大国でもアメリカには、自由と豊かさを求めて多くの人がやって来る。この国は強制なのだ。凄い国策だな。
また、密告と監視と家宅捜索、流刑や逮捕や迫害や銃殺が罷り通る社会でも、自分の身に振りかかなければ人々は沈黙し、無言を保ち、疑問を感じることなく、曖昧に相槌を打つ技をマスターして、嫌々ながらもしぶとく生きていた。
それに弾圧や教育の成果なのか、強大なシステムに飲み込まれることに抗い、反ソ的な人々でも愛国者だった。
ソ連崩壊から何年経とうと、長い歳月をかけて熟成されてきたロシア国民の気質が変わるとは思えないな。
満足度 4.gif


posted by ももた at 11:05| 東京 ☁| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年04月21日

災厄の馬

グレッグ・ブキャナン 著
不二淑子 訳 「SIXTEEN HORSES」

<あらすじ>
英国の田舎にある寂れた海辺の町。11月初旬の早朝、農場主アルバート・コールの娘レベッカが、湿地の泥濘に片目だけが見える状態で円を描いて埋められていた16頭の馬の死体を見つけた。
この犯罪現場はまるで何かの儀式のような、グロテスクな祈りの場のようだった。身元不明の馬は2頭だけで、殆んどの馬にはマイクロチップが埋め込まれていた。犯罪現場が見える廃屋で寝泊まりしている世を捨てた老人が、見知らぬ2人組を目撃していた。
地元警察の部長刑事アレック・ニコルズは、獣医学の専門家クーパー・アレン博士の協力を得て、この奇怪な事件の捜査に乗り出す。
すると、被害に遭った乗馬学校・馬預かり所のオーナーであるエルトン夫妻が、数か月前から虐待された動物や行方不明になったペットたちの写真を送り付けられ、脅迫されていた。
アレックとクーパーは写真の撮影場所に辿り着き、木箱に閉じ込められた動物の死体を発見する。空の木箱には、赤文字で「見ろ」と書かれていた。
その翌日、若い女性獣医ケイト・バビットがケタミンの過剰摂取で死んだ。馬の埋葬地の土壌から炭疽菌の胞子が検出され、アレックの同僚ジョージ・ヒラード刑事とアルバートが死亡、アレックとレベッカが重篤状態になる。
そして、アレックの18歳の息子サイモンが行方不明になった。
公衆衛生局の専門家たちと国家犯罪対策庁が乗り出し、町の状況は一変する・・・

<感想>
暗くて重苦しい雰囲気と劇場型の派手な演出で物語の幕が開く。登場人物もそれぞれが問題を抱えており、孤独な変わり者ばかりに思える。虐待や死にゆく土地の描写が相俟って不気味さ満載だ。
そして、いきなり物騒なものが出てきて面食らう。
しかし、バイオハザード物なのかと思いきや、また捜査に逆戻りする。
好奇心を刺激してそそられる展開だけど、ウヤムヤにされたエピソードもあり、説明が不十分だし、単純な話をわざと難解にしている気がする。読了後、犯行動機と真相が判ってもスッキリしないな。読み応えはあるけれど、好みが分かれるミステリだと思う。
満足度 3.gif


posted by ももた at 09:20| 東京 ☀| Comment(0) | ミステリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年04月18日

鳴かずのカッコウ

手嶋龍一 著
カバーイラスト 石原一博

<あらすじ>
近年、日本の防衛施設周辺で、中国系資本による不動産買収の事例が数多く報告されていた。神戸公安調査事務所の調査官となって6年の梶壮太は、中国等による外国勢力の不動産売買の調査を命じられた。
須磨の西に位置するジェームス山でジョギングしていたところ、要注意対象として調べたことのある船舶代理店エバーディールの名を建築現場で見つけた。
梶壮太が調査官になったばかりの頃、北朝鮮の貨物船がパナマで武器密輸事件を起こした。壮太たちは追跡調査に駆り出され、神戸港に張り巡らされた北朝鮮の海運ネットワークを洗い出すよう命じられた。
粘り強さが身上の壮太は、膨大で雑多な公開情報を分析し、疑惑の線上にエバーディールが浮上した。国際テロ班の上司・柏原頼之に励まされ、初めての現場調査に出してもらうが、未熟さゆえに大失態を演じてしまい、惨憺たる結末で幕を閉じていた。
そこで壮太は標的をエバーディールに定め、嘱託のような身分で調査会社に籍を置く、元兵庫県警の刑事・兵藤史郎に基礎調査を頼む。決意を新たにして6年越しのリターンマッチに挑むが・・・

<感想>
本書は2006年初夏、ウクライナのリヴィウのエピソードで幕が開く。
今現在起きているウクライナ戦争の報道を見て、ロシアの侵略パターンを知ると、国の安定や平和の維持には鉄壁の軍備と、国家が生き残るための選り抜かれた情報やインテリジェンス機関の重要性を思い知らされる。
主人公は、安定志向ゆえに地元採用枠のある国家公務員を選んだはずが、職場は諜報活動を生業にしていたという、特異な映像記憶力の持ち主。無頼派の上司からは当初、覇気に欠ける新人と思われるが、粘り強い資料検索と分析力、他人の印象に少しも残らない地味な人相を武器に、一人前の公安調査官に成長して行き、諜報戦士へ変貌する。使えない奴と烙印を押されても腐ることなく、静かな闘志を内に秘め、頑張る所が好いな。
公安調査庁の仕事、世界の出来事や敵対する国の動向を注意深く見守る必要性、経済制裁の抜け穴と原産地を二重偽装する悪徳ブレンド商法、日本の造船・海運業界と自動車専用船、船舶解撤と海洋汚染とシップリサイクル、シップブローカー等々、勉強になった。
米中対立が激化する中、日本を舞台に北朝鮮、ウクライナ、イギリス、そしてバングラデシュが暗躍する、とても面白いスパイ小説だと思う。
満足度 4.gif


posted by ももた at 09:28| 東京 ☁| Comment(0) | ミステリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
読んだ本の紹介と感想、評価を書きました。