2021年06月18日

緑陰深きところ

遠田潤子 著
装画 いとうあつき

<あらすじ>
昭和47年5月14日の朝、兄が妻と寝たきりの義父、5歳の娘を殺して無理心中を図った。自ら通報して死刑を免れた兄はそのまま服役した。惨劇の後、現場の三宅医院は閉院になった。
実家と疎遠になっていた紘二郎は、住む人がいなくなった廃院に戻り、独りで暮らし始めた。出所した兄とは完全に音信不通となった。
ところが、あと少しで平成の世も終わるという3月20日、全てを失って孤独に生きる紘二郎に当てつけるかのように、兄が絵葉書を寄越した。葉書に書かれていたのは、広瀬旭荘の「夏初遊櫻祠」の一節だった。
この葉書の所為で、これまで紘二郎が無理矢理閉ざしていた蓋が開いてしまう。兄を許すことなどできない。殺しに行くと決め、1か月半かけて念願の中古車コンテッサ1300クーペを手に入れた。
ところがコンテッサは、かなり粗悪な接合車だった。そこで紘二郎は、詐欺同然にコンテッサを売り付けた無一文の若い金髪男、蓬萊リュウを運転交代要員として雇い、兄が暮らす九州の日田へ旅立つが・・・

<感想>
主人公は、不自然に心を押さえつけ、約50年もの間誰とも関わらずに生きて来た。頑固で孤独な74歳の老人。偏屈な彼の頭にあるのは、「兄を殺さなければ」という妄執だけ。
そして旅の道連れは、施設育ちの25歳のホームレス。祖父と孫のコンビだな。
この組み合わせは良く有る話だし、怒りと悔恨と執着心など過去に支配された老人の恨み節に引いてしまったが、旅が進むに連れ、不義と10代の一途な恋、蓬萊リュウの生い立ち、紘二郎とリュウの意外な繋がり、一家惨殺事件の真相などが明らかになって行き、面白く読ませる。
そして毒親による子供の虐待、介護と育児ノイローゼなどの社会問題と、身分違いの恋も織り込み、人間の愚かさや寛容、笑いと涙ありの感動的な話になっていると思う。
でも、若者の理不尽な死で決着する話は堪える。嫌だな。
満足度 3.gif



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posted by ももた at 08:43| 東京 ☁| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月17日

父を撃った12の銃弾

ハンナ・ティンティ 著
松本剛史 訳 「THE TWELVE LIVES OF SAMUEL HAWLEY」

<あらすじ>
身体に複数の弾傷があるサミュエル・ホーリーは、娘のルーが12歳になったとき、銃の撃ち方を教えた。これまでは同じ場所に居つかず、トラックでアメリカ中を転々としてきたが、娘に普通の暮らしをさせるため、亡き妻リリーの故郷であるマサチューセッツ州のオリンパスに定住することにした。
しかし、リリーの母であるメイベル・リッジは父娘を拒絶する。それでもルーはこの町が気に入り、父娘は海辺の古い屋敷を買った。ホーリーが獲った魚貝を市場で売って生計を立て、ルーは地元の中学に入った。
だが、変わり者の父娘は、町の住人に受け入れてもらえない。間もなくルーはいじめの標的になる。男子3人をぶちのめして大騒動になるが、グンダーソン校長の特別な計らいにより、父娘はオリンパスの伝統行事に参加し、この町の悪意を一掃した。
月日が流れ、成長したルーは母の死について調べ始めた。そして、父の本来の姿を悟る。
そんなとき、ホーリーの仕事仲間であるジョーヴが転がり込んで来た。そしてとうとう、ホーリーの恐れていた過去の因縁が、影みたいに追い着いてきた・・・

<感想>
15歳のときからずっと独りで生きて来たサミュエル・ホーリーが、初めて銃撃されたのは17歳の頃。向う見ずな若い女性リリーと出会ったのは30歳のとき。リリーは父親である酔いどれガスの葬儀の帰りだった。人間は誰もが愛と慰めを求め、愛し愛されたいと願っているのだ。
ホーリーとルーの物語を交互に描き、ホーリーの身体に複数の弾傷がある理由と禍の種、リリーの死の真相、ルーの生い立ちなどが明らかになって行く。父娘が強敵と闘うクライマックスは、最高にスリリングな銃撃戦だった。
犯罪者の恋物語にしてルーの成長物語でもあり、家族を描いた面白い長編小説だと思う。
満足度 4.gif



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posted by ももた at 11:19| 東京 🌁| Comment(0) | ミステリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月14日

指揮官の決断

満州とアッツの将軍 樋口季一郎
早坂隆 著

<内容>
「序章」  「第1章 オトポール事件の発生 姿を消した難民/ハルビン特務機関/アブラハム・カウフマン/第1回極東ユダヤ人大会/樋口の決意」

第2章 出生〜インテリジェンスの世界へ 淡路島に生まれる/稼業の衰退/三原尋常高等小学校/大阪陸軍地方幼年学校/中央幼年学校/季一郎の手紙/陸軍士官学校/ドイツ語の習得/陸軍大学校受験/陸軍大学校入学/参謀本部付大尉時代/ウラジオストック派遣軍司令部付/ハバロフスク時代/特務機関長に就任/関東大震災/家庭の中での樋口/朝鮮時代」

第3章 ポーランド駐在〜相沢事件 ポーランド公使館付武官/実母の死/社交界での振る舞い/李王垠のワルシャワ訪問/コーカサスへの旅/青島時代/新聞班に転任/東京警備司令部参謀/桜会/統制派と皇道派/相沢三郎/子どもから見た樋口/福山へ赴任/大亜細亜協会/相沢事件/ドイツ視察旅行/三女から見た樋口季一郎」

第4章 オトポール事件とその後 少将に昇進/ハルビンへ出発/数字の信憑性/東亜旅行会社の資料/謎の書き換え/ユダヤ人利用論との関係/その後の反応/孫が語るオトポール事件/樋口の真の思い/ゴールデンブック/アミカーム/テルアビブ」

第5章 アッツ島玉砕 参謀本部第二部長/三国同盟締結/真珠湾攻撃/北部軍司令官に着任/アッツ島の戦備/戦備の調査/北方軍に改組/山崎保代大佐/アッツ島上陸作戦の開始/哀しき再会/アッツ島玉砕/月寒訪問/キスカ撤退作戦の開始/帰還/英霊の加護/合同慰霊祭/常不軽寺」

第6章 占守島の戦い 東條との再会/兵力の移転/空襲/対ソ戦開始/ポツダム宣言受諾/終戦後の戦い/占守島の戦闘/停戦命令/占守島の戦いの意味」

最終章 軍服を脱いで 朝里へ/東京裁判/戦犯容疑/アッツ島玉砕雄魂之碑/永眠/大磯に眠る」

「あとがき」  「樋口季一郎年譜」

<感想>
情報将校・樋口季一郎と影佐機関(梅機関)は、以前読んだ上田早夕里著『ヘーゼルの密書』で知った。「占守島の戦い」も北方領土問題関連本で知っていた。
でも、「アッツ島玉砕」についてはその場所すら知らなかった。「オトポール事件(満州でのユダヤ難民救出劇)」もそんな事があったことさえ知らなかった。ユダヤ人救済に関係した日本人は、外交官の杉原千畝氏だけではなかった。
そして、増援の放棄(事実上の見殺し)を伝えられたアッツ島守備隊長・山崎保代大佐の返電に胸を打たれた。この時代の人は凄いな。とても興味深く、勉強になった。
満足度 5.gif



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上原卓『北海道を守った占守島の戦い』 八原博通『沖縄決戦 高級参謀の手記』
   


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posted by ももた at 09:22| 東京 ☔| Comment(0) | ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
読んだ本の紹介と感想、評価を書きました。